プジョー106の秘密のガレージ

プラモ、自転車、プジョー106、きままなブログ

思い出


今日の日記は自分のホームページからの引用
以下、ホームページの文そのまま・・・


昔乗ってたマウンテンバイク。



佐賀市吉田工房にて1990年購入(当時はまだ学生)


フレームには"Handcrafted by Kawamura"の文字。
"NISHIKI"の文字が入ってないが、
間違いなくカワムラニシキのフレーム。


使用パイプはタンゲ・インフィニティ。
クロモリの上位機種はバテッド加工がされている。
インフィニティは段差をなくし、
無段階でチューブの肉厚を変えてある。


しかしそんなには軽くない(笑)


当時としてもめずらしいクロモリのMTB
しかもヘッドパーツはノーマルサイズ。
つまり、ロード用も流用できたってこと。


オーダーメイド用のフレームだったものが、
店に流れてきたらしく、
店で完成車にして販売するつもりのようだった。


マーブルとも迷彩ともとれる美しいペイントに一目ぼれし、
売ってもらうよう店長に交渉。


展示品からはずす予定だったサンツアーXC9000と組み合わせ、
自分で組み立てる条件で135,000円の値段でで交渉成立
(予算ギリギリ)


実はその時、MTB購入のために必死でお金を貯めていた、
14万円程・・・


XC9000は当時のサンツアーのMTBコンポのトップグレード。
当時はXTRがまだ出おらず、
シマノのトップグレードはDEORE XT。


人気はXTのほうが高かったが、
性能的にはXC9000のほうが高かったように記憶している。


ハンドルは妙なこだわりでスコットのAT-4。
これって実はDHバー(笑)
マウンテンにDH、これをやってみたかった。
このハンドルはマングースにも引き継いだ。
今は使ってないが。


1992年、大分の3時間耐久レース出場後、
フリーボディが破損。
サイクルロッジタニグチにて、
現シニアにホイール組みを教わる。
それ以前にも見よう見まねで組んだことはあったけど、
実際に走る自転車に組んだのはそれがはじめてだった。


1994年、走行中に縁石に衝突。フレームがまがった。
乗れないことはなかったが、危険なのであきらめた。
同系のフレームを入手し再生したが、この迷彩カラーは手に入れることはできなかった。


その後1999年まで使用。
シートチューブにクラックが入り、
無理だとはおもいつつパスタ(移転前)に持ち込んだ。


やはり危険で、修理は無理。
ついにあきらめた。


フレームの交換を考えたが、
クロモリ、ノーマルサイズヘッド、スレッドステム、
コンポはサンツアー。


無理だった(笑)


1999年8月、ついにあきらめた。
廃車。


1999年9月マングースNX8.1購入



今に至る。


初心者歴22年。
なつかしい思い出。